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親族企業 ~ショートショート~

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なんだか・・・久々に、急に書き下ろしたくなった(^^;

完全オリジナルの短編。

一気に書き下ろしたので、いつものことながら、誤字脱字もあるかも。

走ることから、少し離れて、気分転換しました。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



僕のお父さんは、会社の社長をしている。

社長といっても、大きな会社ではなく、従業員が50人程の、小さな町工場の社長だ。

お父さんが社長、そしてその下の幹部である、叔父さんが二人いる。

叔父さんは、どうやら社長の次に偉い人?のようだ。

会社はこの3人で経営している、いわゆる小さな親族企業といっていい。


お母さんは、僕が物心をつかない頃に亡くなっており、

正直なことを言うと、お母さんのことはあまり覚えていない。



僕が幼稚園、小学校の頃は、家に帰っても誰もいなかった。

家族といえば、お父さん一人。

お父さんは毎日、工場の方で仕事をしていたため、

家にいないのは必然的ともいえる。

だから僕はいつも家に帰らず、まっすぐ工場の方に向かった。

そして、工場の事務所で、

なるべく迷惑をかけないように、ひとりで遊んでいたのである。



いつの頃からだろう、ひとりで遊んでいると、時々、ベンさんが声をかけてきてくれた。

ベンさんというのは、ここの従業員。

親族企業なので、幹部ではないが、お父さんの長年の親友のようだ。


お父さんは、いつも自慢げに話していた。

ベンさんは、とても腕の立つ職人らしく、思いやりのある人だと。

何故、ベンさん?というのか僕には分からない。

ただ、みんながベンさん、ベンさん、言うので僕もそう呼んでいた。

何故だか、僕のような子供に、そういう風に呼ばれても、

ベンさんは、嫌な顔ひとつもせず、いつも笑っていてくれた。



「ひとりで遊んでいて、寂しくないかい?」

「慣れてるから」

「今度、家族でキャンプいくんだけど、どうだい?一緒にいくかい?」



小さな会社であっても、お父さんは社長なので、

土日祝祭日も、家を留守にすることが多かった。

小さな町工場のため、得意先を回り仕事をいただくのも、社長の仕事だ。

社長兼、営業もしているため、休みの日でも家を留守にすることが多かった。


ベンさんは、僕が親友の子供だからかもしれないが、いつも気にかけてくれていた。

父親以上に、父親のように、時には母親のように接してくれる。

そして、いつも遊んでくれて、話し相手にもなってくれる。

僕は、そんなベンさんが大好きだった。



高校を卒業し、僕は大学にはいかず、お父さんの会社を手伝うことにした。

小さな町工場が、未来永劫、生き残っていくためには、技術の継承が不可欠である。

ものづくりも自動化が進み、世の中、なんでも出来るように進化してきているが、

やはり、まだまだ職人の技にはかなわないこともある。


従業員が高齢化していく中、

少しでも早く、これからの世代に、その技術を伝えていかなければならない。


ベンさんは、工場内でも誰もが認める腕の立つ職人である。

ただ、ベンさんも歳をとっていく。

少しでも早く、ベンさんのもっているものを、誰かが受け継がなければならない。



社会人になった、僕はベンさんに仕事を教わることになった。

でも、中々、その技術を習得することが出来なかった。

方法は分かる。

でも、ベンさんの経験からくるものを得るには、とても難しいものがある。


「一人前になるには10年はかかるよ」


僕がうまく出来ないと、ベンさんはいつもそういった。

ベンさんは、厳しく指導するのではなく、いつも優しかった。

小さい頃、よく一緒に遊んでもらった、あの頃のベンさん、そのままである。



「今日、飲みにでもいくかい?」


20歳を過ぎると、時々、仕事終わりに一緒に飲みにいくこともあった。


「仕事はどうだい?」

「ベンさんのようになるには、まだまだです」

「そうか」

「やっぱり、職人になるには10年かかりそうですね」

「ホントのこというと、10年も待てないんだけどな」


ベンさんは、もう50歳を過ぎている。

僕が職人になるまでとなると、もうベンさんも60歳をまわる。

ベンさん自身のこともあるが、会社としてもどうなのか?

10年とは言わず、5年、3年以内に、

少しでも早く、技術を継承した方がよいに決まってる。

それは、世の中の競争力に勝つためでもある。



仕事をやり始めて5年を過ぎた頃、

僕は、ようやく職人らしくなってきた。

この頃になると、僕の技術が向上するに比例し、

ベンさんへの負担も、少しづつであるが軽減され、仕事も分担された。



「上手くなったな」



ベンさんに、そういってもらえた時は、とても嬉しかった。

これまでの成果だけではなく、これからももっと頑張ろうと思えた。

それから月日も経ち、ようやくある程度の仕事も、こなせるようになってきた。



そんな中、突然、お父さんが他界した。



町工場の社長として、従業員のために休みなく働き続けていた父。

そんな父親というのは自分の中では、仕事をしているイメージしかなかった。

でも、何故だか涙が溢れてくる。

ただ、息子である僕以上に、ベンさんは、もっと悲しんでいるように見えた。


お父さんと、ベンさんは、長年の親友である。


考えてみれば、僕より付き合いが長いわけだ。

色々な思いが思いが込み上げてくるのだろう。

この時、こんな親友をもつ、お父さんを誇りに思えた。



社長である父親が亡くなった今。次に、誰かが社長にならなくてはならない。

幹部である、二人の叔父さんと話し合った結果、

僕が父の後を継ぎ、社長に就任することになった。

従業員の中には、いいように言わない者もいるが、

ベンさんだけは、僕を応援してくれた。


社長という仕事は大変であった。

大手企業の社長とは、まったく違っていて、

社長であっても、現場で職人として、ものづくりをする。

いわゆる、『二足のわらじ』のような毎日であった。


それでも、世の中の競争力に負けまいと、必死に働いた。

その成果もあり、社長就任1年目でありながら、

会社の業績を、前年比10%程、伸ばすことが出来た。

たったひとりの家族、お父さんの意志を受け継ぎ、順風満帆かに思えた。

しかし、その好調な業績も、長くは続かなかった。



リーマンショック。



大手企業は、残業規制、一時帰休、定昇凍結・・・

あらゆる策を講じ、社員の雇用を守るため、派遣社員をきっていった。

それは、取引先、下請け会社にまで影響を及ぼした。

大手と取引のある、小さな町工場は大打撃だ。


「社長、仕事が減ってきています」


幹部である、叔父さん二人と、会議をする時間が増えてきた。

仕事がなくても、従業員ひとりひとりの人件費はかかる。

会社として、毎月給料を払わなくてはならない義務がある。


「今は、我慢の時だ!経費節減を徹底して、この難局を乗り越えよう!」

「そんな!悠長なこと、言ってる場合じゃないでしょう!」

「このままでは、この会社は生き残れません!」

「親が築き上げた歴史を、社長!あなたはつぶす気ですか!」


「じゃあ、何か、いい方法はあるのか?」

「人員を整理しましょう」

「どういうことだ!?」

「従業員は、高齢化が進んでいます」

「人件費が高めの50代以上を整理して、若返りをはかるのです」

「リストラということか?」

「簡単にいうとそうです」

「そんなこと出来るか!」

「社長、冷静に考えてみてください。このままでは、すべてがなくなりますよ!」



現場で従事する職人、従業員すべてが不安になっていた。

連日、TVや新聞で報道される不況の嵐。

仕事が減ってきているのは肌で感じている。

この状況を、どのように打破してよいのか、

社長である僕には、答えが見つからなかった。

繰り返される幹部会議では、常にリストラという言葉がつきまとう。

それが、本当に最善の策?なのか。

僕には分からなかった。

お父さんなら、この場合、どんな答えを出すのだろう・・・。

つい、頭によぎる。


そんな日々が過ぎていく。



気がつけば、会社は、もう限界まできていた。



「社長!早く、決断して下さい!」

「何を決断しろというんだ!」

「人員の整理ですよ!」

「このままでは、従業員とその家族、全員が路頭に迷うことになります!」

「全員とは、どういうことだ!」

「じゃあ、リストラされた従業員の家族はどうなるんだ!」

「決断して下さい!」

「決断して下さい!」


「50代以上というと、ベンさんも入ってるということか?」

「そうです」

「そんなこと出来るか!」

「決断して下さい!」

「決断して下さい!」



「子供の頃、遊んでもらっていた人に・・・そんなこと言えるわけないだろ!」



「決断して下さい!」

「決断して下さい!」


僕は、悔しさで涙が止まらなかった。

父親の残した財産を、守れない歯がゆさで涙が溢れてきた。



翌日、僕は対象者に、事の始終を伝えた。

『リストラ』ではなく、あくまでも『自己都合』退職という形とした。

会社とは、都合のいいものだ。

本当に守るべきものは何なのか・・・。

分かっているはずなのに、何もできないでいる。



数日後、ベンさんが僕のところに挨拶へきた。


「社長、長い間、お世話になりました」


僕は、涙が溢れて止まらなかった。


「すいません」


その一言しか言えなかった。


「・・・本当に、すいません」



ベンさんは、最後まで笑顔でいた。

そして、立ち去っていく。

その時、僕は初めて答えを見つけたような気がした。

きっと、お父さんも、同じかもしれない。

例え同じじゃなくても、思いは分かってほしい。


「ベンさん」


僕は、もう一度、ベンさんに声をかけた。



「ベンさんの、職人の技術は、これから後世に伝えていきます」

「この技術が世界に通じるように」

「あなたは、ここで生き続けます」



ベンさんは言った。



「上手くなったな」



それは、僕がベンさんに言われて一番嬉しい言葉だった。


「社長、良い会社にして下さい」



僕は、偉大な二人の意思を受け継ぐ決心をした。

お父さんとその長年の親友、その功績を無駄にしないようにと。

そしてもうひとつ、「必ず、あなたを迎えにいきます」

その思いを胸にしまい、今日も現場に向かった。







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